大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)494号 判決 1969年12月25日

控訴人

株式会社日立製作所

代理人

橋本武人

外二名

被控訴人

岡崎義和

代理人

渋田幹雄

外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決事実記載の申請の原因(一)(ただし、被控訴人の平均賃金額を除く。)ないし(三)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。そこで控訴人の被控訴人に対する懲戒解雇の効力について判断する。

二本件の解雇理由としてあげられているところは二つあるが、まずその一は、被控訴人が警察官から職務質問をうけた際右警察官に暴行を加え隙をみて逃走しようとしたが右警察官に追跡されたあげくこれと格斗し激しく抵抗したため同警察官に公務執行妨害罪の現行犯として逮捕され、ひきつづいて勾留起訴されながらこれらのことに対し反省の色をみせなかつたことが、就業規則所定の懲戒解雇事由である「著しく所員としての体面をけがすものであつて、その情が重いとき」に該当するというのである。よつて案ずるに、被控訴人主張の日時、場所において、被控訴人が警視庁小金井警察署勤務の相良一美巡査から職務質問を受けたこと、その際被控訴人が右警察官に暴行を加えたとの理由により公務執行妨害罪の被疑事実で現行犯逮捕され、その後ひきつづき勾留処分を受け、被控訴人主張の日に右罪名で起訴されたが、第一審で無罪の判決が確定したことは、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<証拠>を総合すると、被控訴人は控訴会社に傭われ肩書地にある控訴会社の日立春秋寮に寄宿して控訴会社武蔵工場に勤務していたが、昭和四一年七月二〇日午前一時すぎごろ国分寺市内所在の日本民主青年同盟の事務所における所用をすませて前記春秋寮に帰るべく徒歩で同市本町四丁目二〇番四号附近にさしかかつたこと、そのころには当夜降つていた雨はやんでいたが、被控訴人は雨でぬれた洋がさを乾かすためにこれを開げたまま持つて歩いていたこと、丁度その時夜間警らのため制服制帽を着用して同所にさしかかつた前記相良巡査が雨が降つていないのにかさを開いたまま持つている被控訴人をみ、同所附近は犯罪多発地帯で当時すでに終電車も終り人通りもとだえていることに加え、ことに被控訴人が右のかさで自分の顔をかくしているようにみえたので、不審をいだき、被控訴人に職務質問をすべく「どこへ行くのか」との趣旨の質問をしたこと、これに対し、被控訴人は平素から警察官に反感をいだいていたのに加え、当夜はポケットに民青新聞を所持していたのでこれが警察ひいては勤務先に知られることを懸念し、一刻も早くその場から立去ることを考え、ただ「新宿の友達のうちから帰るところだ」と答えただけで足早に立去ろうとしたので、同巡査はいよいよ不審に思い、後方から軽く被控訴人の肩をつかんでこれを停止させ、職務質問を続行しようとしたこと、被控訴人はなおもその場を立去るべく前記洋がさで肩をつかんでいる同巡査の手を軽くはらいのけて前へ出たので、一層不審に思つた同巡査は被控訴人の前に出て立ふさがつたが、被控訴人は依然その場から立去る気持を捨てず軽くこれを押しのけて走り出したこと、このような被控訴人の行為によつて同巡査の身体、衣服等には傷害破損が生じなかつたことはもとよりとしてなんらかの痕跡も残らなかつたこと、そこで同巡査は被控訴人の右行為は公務執行妨害罪になるとしてこれを追跡し同所附近で被控訴人を逮捕したこと、逮捕されるに際し被控訴人はこれに抵抗し、大声で「警察官が乱暴するから助けてくれ」等と叫び、同巡査も警笛を吹鳴したため、寝静まつていた附近の人が起き出してきてこれをみ、警察署に連絡したので現場に急行した数名の警察官により被控訴人はパトロールカーに乗せられ、小金井警察署に連行され、取調を受けたこと、被控訴人は取調に際し黙秘していたが、ひきつづいて公務執行妨害罪で勾留され、同年八月一日勾留取消により釈放されるまで身柄を拘束されていたこと、その間同年七月二五日被控訴人は公務執行妨害罪で東京地方裁判所八王子支部に起訴されたが、その公訴事実の要旨は、被控訴人は前記日時場所において職務執行中の相良巡査の右手を洋がさで殴りつけさらにその右手肘附近を右手で突く等の暴行を加えて同巡査の職務の執行を妨害したというにあつたところ、同裁判所は審理の結果昭和四三年四月二四日被控訴人が職務執行中の相良巡査の右手を洋傘ではらい、さらにその右手肘を押す等の行為に及んだことは認めうるが、いずれも軽度のもので公務執行妨害罪の暴行には当らないとの理由で被控訴人に対し無罪の判決を言い渡し、右判決は検察官からの控訴がなくそのまま確定したこと以上の事実が疎明され、<証拠判断省略>。

三ところで、職務質問はもとより強制的にこれをなしうるものではないから、その対象者が自由意思によりその場から立去ることができることはいうまでもなく、本件において被控訴人が職務質問に相良巡査が納得するまで充分に答えることなくその場から立去ろうとしてことを違法としてとがめることはできないし、その際社会通念上許容される程度と方法で右立去行為の障害を排除したからといつて、これを違法有責となしえないことはいうまでもない。本件において被控訴人が相良巡査により職務質問を受けた現場から立去る際被控訴人の肩をつかんだ同巡査の手をはらいまた立ふさがつた同巡査を押しのけた行為はこれを一応有形力の行使と目することができるが、もとより攻撃的意図に出たものではなく、立去るに際して障害を除去するためにやむをえずした軽度のものといいうるから、右有形力の行使が本件立去行為のための方法として社会通念上許容された限界を越えるものであるとの評価を下すことはできない。したがつて、これをもつて被控訴人に対し公務執行妨害罪の責任を追求することはできないというべきである。

しかして、<証拠>によれば控訴会社武蔵工場の所員就業規則第五〇条は「所員が次の各号のいずれかに該当するときは情状によつて出勤停止、過怠金又は譴責に処する。」と定めたうえ第一四号において「著しく所員として体面を汚したとき」と定め、懲戒解雇事由を定めた同第五一条においてはその第一三号において「前条各号のいずれかに該当しその情が重いとき」と定めていることが明らかであるので、被控訴人の本件における行為が右にいう「著しく所員として体面を汚したとき」でかつ「その情が重いとき」に当るか否かについてみるに、右に述べたところによれば、被控訴人が相良巡査に対してした有形力の行使は社会通念上許容される限界を越えない軽度のものであり、しかも刑事手続においてもこれを理由に無罪の判決が言渡され該判決が控訴の申立もなく確定したことを考慮に入れるときは、右有形力の行使をもつてただちに著しく所員としての体面を汚ししかもその情が重いとの評価を加えることはできないといわなければならない。控訴人は、逮捕時に行われた被控訴人の抵抗、その後における被控訴人の反省のなさを指摘するが、基本たる公務執行妨害罪が成立しない以上右逮捕は理由を欠くものであるからこれに多少の抵抗をし(この点は起訴の対象となつていないことを想起すべきである。)、そのために世人の注目を集めることがあつたとしても、またその後に被控訴人が反省の色を示さないことが加わつても、それだけで右懲戒解雇事由に該当するとはいえないものである。

四解雇理由の第二としてあげられるところは、被控訴人が正当の理由なくしかも無断で控訴会社を一三日間にわたり連続して欠勤したことおよびこれについて反省しなかつたことが、前記懲戒解雇事由である「正当な理由なく無断欠勤一四日以上に及んだときに準ずる程度の不都合な行為があつたとき」に該当するというのである。よつて案ずるに、<証拠>によれば、被控訴人は、昭和四一年七月二〇日に逮捕され、ひきつづいて勾留され、同年八月一日勾留取消により釈放されるまでの間前後一三日にわたり身柄を拘束されていたのでその間控訴会社を欠勤したことが疎明され、<証拠>によれば、懲戒解雇事由を規定した前記就業規則第五一条はその第一号において、「正当な理由なく無断欠勤連続一四日以上に及んだとき」と定め、その第一四号において「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があつたとき」と定めていることが明らかである。しかし、すでに述べたところによれば、被控訴人は犯罪として成立しない被疑事実で逮捕勾留されたために右の欠勤を余儀なくされたものということができる。右逮捕勾留は、被控訴人のいつわりの自首等その責に帰すべき事由によるものとはいえないから、右身柄拘束による欠勤は、被控訴人の責に帰しえないやむをえない事由によるものというべきである。もつとも、前記疎明事実のとおり被控訴人としても多少の有形力の行使をしているので本件逮捕勾留が全く根拠を欠くものともいえないが、右有形力の行使を違法ということはできないのであるから、この点を理由に右欠勤の責任を被控訴人に追求することは相当でない。そうだとすると、右一三日間の欠勤は正当な理由にもとづくものということができるから、前記懲戒解雇事由に当るといえないし、これに被控訴人が右欠勤について反省しないとの事実が加わつても、欠勤自体がやむをえないものであつた以上そのことの故に懲戒解雇を正当となしえないというべきである。

五そうすると、本件懲戒解雇の事由としてあげられているところはいずれもこれを認めることができないから、右解雇はその効力を有しないといわなければならない。

したがつて、被控訴人は労働契約にもとづく賃金請求権を有するものであつて、前記賃金額についての当事者間に争いのない事実に<証拠>を総合すれば被控訴人の昭和四一年五月ないし七月の三箇月分の平均賃金は二三、七四二円であることが疎明される。そして、<証拠>によれば、被控訴人は他に特別の資産を有せず、会社より受ける給与を唯一の収入として生活しているものであることが疎明されるから、被控訴人が控訴会社の従業員としての地位を仮に認められることの必要性および解雇の翌日である昭和四一年八月一一日以降前記平均賃金相当額の仮払を受ける必要性があるといいうる。

六そうすると、被控訴人の本件仮処分申請について、右の限度で申請を一部認容した原判決は相当で本件控訴は理由がない。よつて、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(小川善吉 小林信次 川口冨男)

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